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2016年2月 4日 (木)

一里塚と宿場

Unemenoichiriduka 一里塚とは、街道両側に1里ごとに土を盛り、里程の目標とした塚のことである。一般には江戸時代になって1604年2月4日、大久保長安(1545-1613)の指揮のもと各街道に整備されたことが知られているが、実は一里塚はそれ以前から存在していた。織田信長は36町を1里として、5間四方の塚を築いた。榎を塚の上に植えた。エノキは「縁の木」であり、「縁退(の)き」である。すなわち縁結びもあり、縁切りでもある。一里塚を造りはじめたのは信長であり、その後、秀吉、家康が全国に広めた。東海道の宿場は1601年に江戸から京都間に37の宿場が、1624年には江戸・京都間に53の宿場が整備された。(2月4日)

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