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2016年2月 2日 (火)

祇園と中川四明

春風や祇園清水孔雀茶屋

京の町は鉾立つる日や雲の峰

祇園会の児並び行く朱傘かな

   中川四明(1849-1917)は、俳人、編集者、教育者、児童文学者、美学者、新聞小説家など多方面に活躍した。嘉永2年2月2日、京都で生まれる。幼名は勇蔵のち登代蔵(とよぞう)、字は重麗、別号は紫明・霞城・霞城山人。下田耕作の次男。中川重興の養子。学校教員を経て、日本新聞、京都中外電報、大阪朝日新聞勤務。明治29年9月21日、知恩院楼門前の茶店で京都満月会を興す。明治37年に俳誌「懸葵」を刊行。「四明句集」(明治43年)、編著に「俳諧美学」「触背美学」等がある。大正6年5月16日没。享年68歳。

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