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2016年1月28日 (木)

人類進化と文明への歩み

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左から直立猿人、
ネアンデルタール人、クロマニョン人

  遠い昔の話、ケペルがまだ高校生の頃だった。突然、家に訪問された若い女性が「あなたは人類の祖先がサルだと思いますか」と質問された。「ヒトが猿と分かれたのは、およそ700万年前、アフリカであろう。類人猿は少しづつ進化して現代の人類となった」と進化論で答えた。その人はエホバの証人で、人間がサルから進化したことを否定され、人類は神の創造物だという。ケペルもまだ若かったので、かなり向きになって進化論を主張した。それからもエホバの証人とは何年間も対話を続けるが、やはり進化の話しになると対立する。今でも人類化石の発掘報道がある度に新聞の切り抜きを集めたりする。ラミダス猿人(440万年前)、アファール猿人(320万年前)、ジンジャン・トロプス・ボイセイ猿人、イダルトゥなど次々と発掘が続いた。ところがトゥーマイのように実はゴリラだったということもある。人類はいつどこで誕生し、どのように世界へ広がったのだろうか。

 世界史という学問は基本的には人類と文明への歩みを「進化」で解き明かしている。人類は約700万年前から600万年前にかけてアフリカで誕生したことは間違いあるまい。現在の段階で最古の人類と認められるのは猿人であり、アウストラロピテクス属の化石人骨は20世紀に入って多数発見されている。1924年、レイモンド・ダートが南アフリカでアウストラロピテクスの化石を発見した。しかし当時のイギリスの学界は「キースのルビコン」(脳の容積が750cc以上がヒトで、それより以下がサルとする説、Cerebral Rubicon)といわれる学説が支配的でダートが発見した化石は類人猿とみなされた。しかし1950年にアメリカの学界でアウストラロピテクスは猿人として認められ、ダートの名誉は回復している。猿人は原人へと進化し、100万年以上前にアフリカを出て世界各地に広がったが、アジアに渡ったジャワ原人、北京原人やヨーロッパに渡ったネアンデルタール人は、最終的には絶滅したとされる。つまり旧人から新人へと進化したのではなく、約20万年前にアフリカで登場シンした新人が約10万年前にアジアにも広がり、それが現代人へとつながったという説が有力である。ミトコンドリアDNAの研究では、世界中に分布する人間の集団におけるマイクロサテライト(人類の遺伝的差違の大部分を占める遺伝子領域)解析の結果、中東に住む集団と北東シベリアに住むヤクート族の集団の先祖において、ボトルネックが生じた可能性が高いという。つまりわずか4~6万年前に「出アフリカ」を果たした一団が現生人類(ホモ・サピエンス・サピエンス)となって世界各地に広がったとされる。これまでに人類はおよそ1000億人が生まれたと推計される。

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  やがてそれぞれの地方の気候や風土に適応してモンゴル(黄色)人種、ネグロ(黒色)人種、コーカサス(白色)人種などの人種にわかれた。(世界史、アーサー・キース)

脳容積の比較
 猿人(490万年前) 435~600cc
  原人(70~40万年前) 800~1300cc
  旧人(15万年前)  1300~1600cc
  新人(数万年前)  平均1600cc

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