無料ブログはココログ

« ヴィア・ドロローサ | トップページ | モナリザをめぐる謎!? »

2016年1月10日 (日)

孔明の嫁えらび

Cggyhfyoztyabx6baac33lflh7w868_r_10    諸葛孔明は襄陽の西約20里(8キロ)のところ隆中で隠れすんで心身の練磨に励んでいた。ある日、黄承彦から「自分の娘は髪は赤く、色黒の醜女だが、才能は優れ、嫁として恥ずかしくないが、いかがでしょうか」と縁談を申しこまれた。孔明は笑ってうなずき、黄承彦の娘を妻として迎え入れた。これを聞いた人々は、「学ぶ莫れ、孔明の嫁えらびを。ただ得たり、阿承の醜女を」と、はやしたてたという。のちにこの醜女が賢夫人となり、おおいに内助の功をあげることになる。ある日のこと、孔明が訪ねてきた客のために、妻に麺を作るように命じたところ、たちまちのうちにできあがった。孔明は不思議に思って、そっと厨の中をのぞいてみると、人形が麦をきり、臼をまわしていた。孔明は妻からその木人形のからくりを聞き、それがのちに、かれが戦闘に使って役立てた木牛・流馬のヒントとなったという。黄夫人の名は史書には残っておらず明らかではない。黄月英、黄婉貞という名は後世の創作である。(『桂海虞承志』)

« ヴィア・ドロローサ | トップページ | モナリザをめぐる謎!? »

「世界史」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« ヴィア・ドロローサ | トップページ | モナリザをめぐる謎!? »

最近のトラックバック

2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31