無料ブログはココログ

« 山本勘助の家紋 | トップページ | 風を聴く日 »

2016年1月 8日 (金)

我に自由を与えよ、しからずんば死を与えよ

Photo
  パトリック・ヘンリーの名演説

  パトリック・ヘンリー(1736-1799)は、ヴァージニア州の有能な弁護士だった。州の議員となり、1765年の印紙条例に対し、北米植民地が本国議会に代表を送っていないので、「代表なくして課税なし」(この言葉を最初に使ったのはジェイムズ・オーティスとされる)とヴァージニア植民地議会の決議などで反対運動をひきおこした。1767年、本国議会は新しくタウンゼント諸法でガラス・鉛・茶などの課税を定めた。これも本国製品の不買運動など広範囲の抵抗を招き、茶を残し廃止されたが、反対運動の続いたマサチュセッツでは1773年、ボストン茶事件が起こった。1774年、大陸会議を開き、1775年レキシントンの戦いで独立戦争となり、翌1776年にはアメリカ独立宣言が発表された。1781年のヨークタウンの戦いで大勢が決定したが、1783年パリ条約によって独立が正式に承認され、1787年アメリカ合衆国法を制定、1789年ワシントンを大統領とする新政府が発足した。

   「我に自由を与えよ、しからずんば死を与えよ」という有名な文句は、1775年3月23日、ヴァージニアの植民地会議が解散されたため、リッチモンドで開かれた非合法の人民大会においてヘンリーがおこなった演説の一部で、イギリスとの開戦を主張したものである。(世界史)

« 山本勘助の家紋 | トップページ | 風を聴く日 »

「世界史」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 山本勘助の家紋 | トップページ | 風を聴く日 »

最近のトラックバック

2017年3月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31