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2016年1月 3日 (日)

日本の正月の宗教現象

P_big_21     お正月は神社に初詣客は三が日で1億人を超えるといわれる。最も多かったのは明治神宮の316万、2位が成田山新勝寺の305万、3位が川崎大師平間寺の302万(2014年の調べ)、年末には除夜の鐘を聞き、12月にはクリスマス・コンサートを教会で聞く。さらにこれから七福神巡り、十日えびす、お稲荷さん、熊野詣で、西国八十八ヵ所巡礼へと果てしなく続く。この年末年始は「われわれ日本人の宗教観とは何か」をつくづく考えさせられるシーズン。しかし、毎年、答えは容易に見つかりそうもない。

   10数年前にブームとなった「冬のソナタ」のワン・シーン(第16話「父の影」)。偶然に立ち寄った教会(いまプロポーズの教会・厚岩教会が日本人観光客がロケ地ツァーで人気スポット)で、チュンサン(ぺ・ヨンジュン)はユジン(チェ・ジウ)に永遠の愛を誓う。「僕は一人の女性を愛しています。その人と僕によく似た子どもたちの父親になりたいんです。愛する人と子どものために、僕が闘い、手となり、丈夫な足となりたいんです。愛してます」と神に祈るチュンサン。冬のソナタの名シーンの一つであるが、考えてみると韓国は教会が多い。キリスト教徒はどれくらいいるかと調べてみると、人口の約3割という。日本におけるキリスト教徒は1パーセントに達しないという。日本では江戸幕府がおこなった鎖国政策の時代があり、16世紀の終わりから明治6年までキリスト教は厳しく禁じられた。近代になっても明治政府のキリスト教に対する圧迫は残っていた。しかし、第二次世界大戦が終わったあとは、何らの制約もなくなったはずである。それにもかかわらず、キリスト教徒の数はほとんど増えていない。日本には神道、仏教、あるいは象徴天皇による影響とみる向きもあろうが、なかなか納得しがたい根拠である。日本と韓国は、近世以来、「理」による儒教社会であったという指摘もなされるが、それだけでキリスト教を受容しにくい根拠とはなりにくい。一説では韓国ではシャーマニズムがいまでも盛んでも、祈祷好きの韓国人にはキリスト教は受け入れやすい精神土壌があるといわれている。

   ともかく、日本の仏教や神道という伝統宗教が、キリスト教の普及を阻むほどの強固な宗教であるという説明はなかなかつきにくいものがある。たしかに初詣の参詣者数や賽銭の金額は多いが、はたしてそれが宗教心とか信仰といえるほどのものであろうか。キリスト者のように日常生活すべてにおいて神と共にいる、という信仰心とはほど遠いものがあろう。

   ある韓国の牧師は次のように語っている。「韓国では、キリスト教は西洋の宗教というよりも、日本の植民地に勇敢に抵抗した愛国者の象徴と理解されている面があり、日本では、いつまでも、キリスト教は西洋の宗教という先入観から抜け出せない」という違いを指摘している。磯部忠正は、日本にキリスト教が普及しない理由を、「日本人の深層の宗教意識がキリスト教を受け入れないからだ」(日本人の宗教心)と述べている。阿部利磨は明治政府の政策に起因すると説く。宗教という言葉は明治になってからの新しい言葉。日本人が無宗教と一概に言えないとする。明治政府はキリスト教に対して江戸時代からのキリシタン禁制を継承したかったが、近代国家として「信教の自由」も必要だった。この矛盾した状況の中から、宗教を内と外に分断し、内側だけが宗教と呼ぶようになった。つまり風俗や習慣になった宗教は宗教とは呼べないものという認識が広まった。正月に参詣し、お盆に帰省し、彼岸に墓参するという年中行事を繰り返すだけの自然宗教は宗教とは考えられなくなったので、日本人は帰属する宗教をもたず、無宗教と自称する人が多いと説明している。

(参考:深谷潤「無宗教と教育」平安女学院短期大学紀要31  2000年)

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