西郷隆盛はどんな顔?
子どもの頃、夏になるといつも「南洲香」という蚊取り線香を我が家では使用していた。その絵柄には西郷隆盛が描かれてあった。でっぷりとした体格で太い眉とギョロリとした目といった印象がある。だが、西郷は明治天皇が写真を所望しても、その生涯に一度も写真を撮らなかったといわれているため、真実の姿は謎のままである。キョッソーネなど有名な肖像画も西郷本人ではなく、隆盛の弟や親戚の顔から作り出された想像上の姿である。また西郷の真影と称する偽物は明治6年ころから、他人の写真が大量に出回り、西南戦争のころには、兵士や民衆がその写真を西郷としてイメージしていたが、そのような西郷像は今日も国民に定着していると思える。
だが明治31年に上野公園に西郷隆盛の銅像が建立され、除幕式に呼ばれた、西郷隆盛の未亡人の西郷糸は、「うちの人は、こげな人じゃなかった」と口走ったという。なぜ、西郷は写真を撮らなかったのか。真偽は別として、西郷隆盛が写真の撮影を拒否した理由は、坂本竜馬の妻お龍と、写真を終生撮らないと共に誓ったためといわれる。西郷は坂本の死を悼み、その気持ちを終生忘れないため、一種の物断ちをしたとも考えられる。物断ちとは、願掛けなどのために、塩や嗜好品などを口にしないことであるが、西郷は竜馬のために「写真断ち」をしたというのである。つまり現在、西郷隆盛の本物の写真は1枚も存在していないし、今後も発見される可能性はないであろう。国立国会図書館のホームページなどで西郷隆盛のリアルな写真画像を見ることができるが、これらはイタリア人画家キョッソーネが描いた絵をもとに作成したものであろう。しかしキョッソーネは西郷に一度も会ったことはなく、親族の西郷従道や大山巌の顔を参考にして想像で描いたものである。西郷の面影を伝える肖像画としては薩摩藩士出身の画家、床次正精(1842-1897)の作品が知られている。彼は西郷と面識があり、実際の西郷によく似ているといわれる。

床次正精画「西郷南洲」
昭和2年に作られた「西郷南洲先生五十年祭記念遺墨写」(s4b@4東郷平八郎書、大牟礼南塘画)も西郷に似ているといわれる。西郷の庶長子西郷菊次郎の嫡子隆治をモデルにしている。
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