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2015年12月 7日 (月)

河井継之助は英雄か?

Photo    スタジオパークからこんにちは(2015年11月16日放送)ゲストは俳優の眞島秀和。山形県米沢市出身で歴史が大好き。やってみたい役は雲井龍雄と河井継之助。司会の2人は名前を聞いてもわからないもよう。雲井の漢詩は明治初期には広く読まれたが、日本史の表舞台には登場しない。だが河井継之助は司馬遼太郎の「峠」で有名になり、大河ドラマにもなったので、司会が知らないのはちょっと勉強不足か。手元にある「図説日本の英雄100人」(新人物往来社)の1人に選ばれている。河井継之助を英雄と呼ぶかどうかは悩ましい。

    慶応4年4月、河井継之助(1827-1868)は長岡藩家老上席となり、5月2日小千谷の慈眼寺で東山道軍監の岩村高俊(1846-1906)と会談するも決裂。北越戦争が始まる。7月29日、長岡城は落城し、河井は8月16日、会津塩沢で死去した。享年42歳。あくまで徹底抗戦を貫き、多くの領民の死者がでたことで河井の評価はいまだに分かれる。「峠」を書いた司馬遼太郎は「幕末に生きた河井継之助という1人の人間を通して、侍とは何かと考えてみたかった」と書いている。参考文献:今泉鐸次郎「河井継之助伝」 1931年

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コメント

河井継之助は魅力的な武士でしたが、時代認識はやや狭かったという感じがします。
長岡藩の徹底抗戦の意味合いを、未来を見据えて考えられなかったか・・。
河井を主人公に時代小説も考えてますが・・。( ̄ー ̄)ニヤリ

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