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2015年12月 7日 (月)

井伊直弼と「一期一会」

_miyuki_nakajima__   今年は井伊直弼の生誕200 年にあたり、盛大なイベントが開催された。井伊直弼といえば相当な文化教養人で知られる。いま四字熟語の中で「一期一会」はとても人気のある言葉である。高級割烹店の屋号になったり、純米吟醸酒、音楽や映画のタイトル(フォレスト・ガンプ/一期一会)、漫画やアニメにもよく使われる。小学生が書道で「一期一会」と書き、「いちばん好きな言葉です」と。

   通常の意味は、「一生に一度、これだけ限りであると考えること。一期(人が生まれてから死ぬまで)、一会(ただ一回だけ会った)だ、という。そのように考えて、誠意を込め、おちどのないように行う場合に用いる。用例「一期一会を大切にする」

   このように現在では、人との出会いを大切にする意味で用いられているが、原義は少し異なる。千利休の高弟、山上宗二が「一期一会」という語を用いている。のちに井伊直弼が茶会での人の出会いにたとえ、茶道精神を集約したものとして貴ばれた。明治・大正期は「一期一会」は茶道の世界でしか使われなかった。昭和になって種田山頭火が「人生はすべて一期一会だ」「茶道に於ける、一期一会の語には胸をうたれた。そこまで到達するのは実に容易ではない。日にまし命が惜しくなるやうに感じる、凡夫の至情だろう」と書いている。このころは「一期一会」の境地は生死観を超えた深い意味のある語であったようである。その後、左藤義詮の「修道閑話」(1937)や吉川英治「桜田事変」で「一期一会」を使用している。しかし「一期一会」が一般に広まったのは戦後からである。とくに1974年に井上靖が毎日新聞に39回にわたって連載した随筆「わが一期一会」が大きな契機となったようである。ここでは茶道の教えをはなれて、人との出会いを大切にするという意味で使われている。このように日本だけの比較的新しい言葉「一期一会」と「温故知新」のように「論語」に典拠する歴史ある漢語とを無定見に同列に扱う風潮はいかがなものであろうか。

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