それからのラクスマン
ロシア帝国の陸軍中尉アダム・ラクスマン(1766-1806?)がエカチェリーナ2世の命を受けて、ロシア最初の遣日使節として1792年、根室に来航した。幕府は入国を拒否し、ラクスマンは1793年箱館に赴いて日本人漂流民大黒屋光太夫、小市、磯吉の3名を返し、幕府の大目付と応接し通商の開始を求めたが拒否され、わずかに長崎入港許可書(信牌)をえたのみで7月16日に帰国した。帰国後は、女帝に日本の書物や名品を献上したことを賞賛されて、大尉に昇進した。1796年の女帝の死去により失脚したのか、以降の消息は不明である。Adam Laxman参考文献;播磨楢吉「露国最初の遣日使節ラクスマン」 史学雑誌34-1・2,1923
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ラクスマンは北海道の函館ゆかりの人物。
函館のロシア風の建物の数々は、今や函館観光の目玉になっています。私は苫小牧市在住ですが、小樽と函館は年に一度は行きたいところですね。
投稿: 根保孝栄・石塚邦男 | 2015年10月31日 (土) 14時16分
来年3月、函館まで新幹線が開通しますね。
投稿: ケペル | 2015年11月 1日 (日) 19時58分