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2015年9月 6日 (日)

ハリウッド物語 セルズニック

 1930年に入ってサイレントから本格的なトーキーに進化したハリウッドはMGM、パラマウント、ユニバーサル、コロンビアという年間100本以上の映画を製作する大手映画会社が現れた。しかし、デビッド・O・セルズニック(1902~1965)はMGMの副社長の地位を捨てて、1936年、独立プロダクション「セルズニック・インターナショナル」という小さな会社を創設した。それだけにスタジオの経費削減や映画の撮影現場への干渉も細かく、製作はいつも難航する。しかしセルズニックの映画作りへの情熱と執念はどの作品にも溢れている。作品にはアメリカの良識が色濃くでているが、なによりも功績はスターを発掘しその魅力をスクリーンに表現することには天才的だったことである。「風と共に去りぬ」のヴィヴィアン・リーを筆頭に、「レベッカ」「断崖」のジョーン・フォンテーン、「別離」のイングリッド・バーグマン、「聖少女」「白昼の決闘」「ジェニーの肖像」のジェニファー・ジョーンズ、「パラダイン夫人の恋」のアリダ・ヴァリ、男優では「白い恐怖」のグレゴリー・ペックや「疑惑の花園」のジョセフ・コットンなど。とくにイングリッド・バーグマンは後年ハリウッドを去りヨーロッパで活動の場を求める、結局セルズニック時代の作品が彼女の魅力のすべてを今日に伝えている。

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 「別離」(1939)イングリッド・バーグマン、レスリー・ハワード

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   「君去りし後」(1944) 左からシャーリー・テンプル、ジェニファー・ジョーンズ、クローデット・コルべール、ジョゼフ・コットン、モンティ・ウーリー、ライオネル・バリモア、ロバート・ウォーカー

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  「ラヴレター」(1945)

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