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2015年8月 7日 (金)

金属の世界史

Photo_9   金属との出会いほど、人類に大きな影響を与えたものはない。伝説では、金の時代、銀の時代、鉄の時代などといわれてきて、金が最初だという説が一般的であるが、最古の金属が金であったかどうかについては異論がある。たとえば、エジプトで発見された最初の金属は銅である。金属器が石器に取って代わるようになったのは、冶金が行われ、鋳造技術が確立されてからである。純粋の銅は柔らかくて生産用具の材料としては不適当であるが、やがて錫との合金である青銅が発明されてから古代文明が誕生した。ヒッタイト人がアナトリアの地に統一王朝を築いたのは紀元前1700年頃といわれている。そして彼らは世界史上、初めて組織的に鉄精錬の技術を開発し、鉄製品を交易の手段とした。

Tky200810040076    しかし近年の発掘により、ヒッタイト以前からアナトリアでは鉄をつくり出していたことがわかっている。2009年。日本隊がトルコのカマン・カレホユック遺跡で、前2100年から前1950年の地層から、小刀の一部と見られる鉄器1点を発見した。つまりアナトリアの地には数千年にわたって金属技術が発達してきたが、錫の鉱石がまったく存在しないエジプトに、前2000年頃に青銅器が伝わる。前13世紀のヒッタイト王ハトゥシリス3世のとき、エジプトのラムセス2世(在位前1304-前1237)に鉄の技術が伝わったという記録がみえる。ヒッタイトの鉄冶金技術が古代エジプトに大きな影響を与えたことは確かである。だが、同時にその技術は近隣のアッシリアやペルシアに伝わり、いっそう優れた鉄製品がつくり出された。鉄器による軍事国家が出現するのは前8世紀のアッシリア帝国からである。やがて鉄の製法は世界に広がり、中国で鉄器が登場するのは前7世紀ごろ、普及したのは戦国時代の前4世紀ごろである。後1世紀、弥生時代に入った日本も後漢の製鉄法の影響を受けながらも、6世紀頃には自前の砂鉄製錬技術を獲得する。参考:窪田蔵郎「鉄の文明史」 雄山閣 1991年

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