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2015年7月10日 (金)

二度の食事が三度になった

   古代から日本人の食事は朝夕の2回であった。平安時代の「枕草子」には「大工が食事時間じやないのに昼に食事をしている。それが何ともおかしい」と書き残している。

  朝夕の二度食を原則とした食習慣は、室町時代にはいると三度食に移行していった。朝鮮通信使が記録した「日本往還日記」(慶長元年)には、「一日に三肫(とん)の飯を用ふ」とあって、朝昼夕の三度食が一般化したことを証明している。ただし従卒は、普段は2食で、労役のある時だけ3食だといい、従来の食習慣のなごりも残っていたらしい。三度食は禅寺院で、非事(食事の時でない時)に点心という軽食(羊羹など)をとる習慣があったことや、武士が陣中で、体力の消耗のために随時食事をとったことが、三度食の基礎となった。安土桃山の武将、加藤清正(1562-1611)は、「食は黒飯たるべし」といって、部下に奢侈を戒しめ、玄米食をすすめたが、このころから上層階級では白米食がひろがっていたことを物語っている。食事1日3回が一般化したのは江戸時代中期になってからである。

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