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2015年7月27日 (月)

古代文明は4つだけじゃない(異説世界史)

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 かつての歴史授業では必ず四大文明が説明された(田中文治「中学歴史の精解と資料」1977年)

  エジプト、メソポタミア、インダス文明(モヘンジョ・ダロ)、中国の黄河文明(殷墟)を日本では「世界の四大文明」と呼んでいた。そのルーツは梁啓超の詩(「二十世紀太平洋歌」1900年)に見えるが、四大文明史観はトインビーなどにより世界の歴史学会では完全に否定されており、日本だけの歴史用語で欧米には存在しない。最近の教科書ではあまり「四大文明」を言わないらしい。いずれも温帯または亜熱帯に属する大河の流域に発達し、中心は農耕文化であった。それは、これらの川が定期的に氾濫して沃土を運び、治水の必要から暦法・天文・数学などが発達し、巨大な国家が出現したと説明する。

   西アジア「肥沃な三日月地帯」からは前9000年ころのムギ・マメの化石が大量に出土している。中国においては華北(黄河流域)のアワ・キビと華中(長江の中・下流域)のイネが生態系の違いを反映しているが、農耕の始まりが多くの遺跡によって明らかになりつつある。1996年には成都黄河文明よりも古い前5000年の都市国家(竜馬宝墩古遺跡)が発見されている。世界の主要な穀物はムギとイネとトウモロコシである。前7000年ころウィスコンシン氷期がはじまり、古代アジア人はベーリング海峡をわたってアメリカに進出し、南下した古インデォはメキシコやペルーに定住し、前2000年から前1500年ころトウモロコシをはじめジャガイモ、サツマイモ、トマトなどの農耕文明を成立させた。とくにオルメカ人は前1200年ころ、南米に石像をはじめ神殿などの初期国家を形成していった。アメリカの文化人類学者エルマン・サーヴィス(1915-1996)の初期国家の定義によれば、「人口規模が2万人以上であること」とある。マイケル・コーは調査の結果、サン・ロレンソの遺跡を25000人規模の都市と推定している。オルメカが古代国家として認知されて、「世界の五大文明」のひとつとしてオルメカ帝国と呼ばれるようになるのだろうか。(世界史)

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