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2015年7月19日 (日)

画像破壊

Meister_von_san_vitale_in_ravenna_0    可視的対象を、神的な力や固有の神格の具像として崇拝するは、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教においては、本来的には拒否されている。偶像破壊は、このような偶像崇拝を非難、攻撃するときにみられる。

    聖像破壊主義者(iconoclast)は特に8、9世紀にギリシャ正教会内での聖像使用運動の支持者をいう。画像崇敬に反対する傾向はすでに古くユダヤ教の伝統に根ざすものであり、初期キリスト教教父の間にも、古代的な偶像崇拝とまぎらわしい画像表現を忌避しようとする論争が盛んであった。東ローマ皇帝レオ3世とコンスタンティヌス5世の主唱の下に教会会議が開かれ、いわゆる画像破壊運動が開始された。この運動に対する強力な反対者は当時大きな権力をもつにいたった修道士たちであったが聖ソフィア聖堂で行われた教会会議はこれに再び禁圧の断を下した(815年)。のち再度皇妃テオドらによって「正統派の復活」とよばれる画像崇敬再認可の儀式が行われ(843年)、ビザンティン美術は次の黄金時代を迎えることとなる。この運動の結果、修道士たちは多数イタリア南部に移動し、ローマ教皇はこれら画像破壊運動に加わった皇帝たちを異端と断じ、東西教会の分離はいっそう深められた。この間、多量のモザイク、フレスコなどの全時代の教会堂装飾その他の諸美術作品が破壊され、画像崇敬の規律にふれない装飾的テーマととりかえられて、たとえばコンスタンティノポリスのブラケルヌス教会では、コンスタンティヌス5世の命令により、キリスト伝の諸場面が樹木、鳥獣のモチーフに、教会会議の場面が競技場の風景に変えられた。新しい装飾の目的に適したテーマとして同じく偶像崇敬に反対であった回教美術のモチーフがしばしば借用された。画像崇敬禁止の法令をまもる写本挿絵もまた同じく新約場面を排し、もっぱら装飾的な動植物模様、頭文字装飾による表現をとり、多く模写された。しかしこの時代をもっともよく代表する作品は、画像破壊に正面から対抗していた修道士たちによって描かれた詩篇写本の挿絵であろう。たとえばコンスタンティノポリスのストゥデイオス修道院で作られたクルドフ詩篇の挿絵には、マタイ伝、キリスト受難の劇的な表現のほかに、画像破壊者たちへの、喜劇的精神に富む痛烈な諷刺の諸場面が描かれており、この時代の風潮を明瞭に物語っている。(Iconoclasm)

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