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2015年7月24日 (金)

ゴールド・ラッシュとモルモン教

   ジョセフ・スミス(1805-1844)は1830年、モルモン教をニューヨークで布教したが、迫害をさけてオハイオ、ミズーリ、イリノイ州などへ移住した。しかし1844年、スミスは、兄とともにイリノイで殺害された。その後、ブリガム・ヤング(1801-1877)が実質上の指導者となり、モルモン教徒は、1847年ついに安住の地ユタに入った。そして7月24日グレート・ソルト湖の南東約25kmの地点に定住し、町を築いた。ヤングは当時メキシコ領であったグレート・ソルト・レーク地帯の広大な荒野や砂漠を集団による灌漑で開拓し、各地方、各国に伝道師を派遣して入信と移住を説いた。1850年にユタ準州が成立すると、ヤングはその初代の総督になったが、宗教上の理由から1858年合衆国政府によって総督を辞めさせられた。時代はゴールド・ラッシュでカリフォルニアへ向かう人たちを信者として引きとめ農耕と町づくりに専念させた。ソルト・レーク・シティは交通の要衝という地の利をえて、モルモン教の総本山として発展した。

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「世界史」カテゴリの記事

コメント

ケペル先生、最新の記事を拝見しました。手ごろな長さで読みやすいのですが、

 >ジョセフ・スミス(1805-1844)は1830年、モルモン教をニューヨークで布教したが、迫害を受け、オハイオ、ミズーリ、イリノイなどを経て、1847年ついに安住の地ユタに入った。

この冒頭の文、主語がジョセフ・スミスになっていて、彼自身ユタに安住するに至ったと読めます。実際はイリノイ州で死去し、西部に移ったのはブリガムヤングが指導する群れであったわけです。

ご指摘ありがとうございます。訂正します。

訂正されています。ありがとうございます。

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