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2015年7月 5日 (日)

下山事件 謀殺か自殺か?

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  運転手の話によると、昭和24年7月5日の朝、国鉄総裁・下山定則(満47歳)は、8時30分に自宅を出て、丸の内千代田銀行に30分くらい入った後、買物があるからといって三越本店に立ち寄った。下山はそのまま行方不明となった。

250pxsadanori_shimoyama     翌6日零時25分ごろ、東京都足立区の常磐線綾瀬駅付近の線路上でバラバラの下山の轢死体が発見された。警視庁は古畑種基ら東大法医学教室の解剖結果にもとづいて「死因は不明。出血が少なく生活反応が認められないので、死後轢断と思われる」と他殺説の見解を示した。その後、中館久平慶大教授らは「生体轢断」を主張した。警視庁は昭和38年12月31日、捜査本部を解散し、39年には自殺か他殺か不明のまま時効が成立した。新聞記者の矢田喜美雄は、死体を運んだ時に線路上に点々と落ちたと推定される血液の跡をルミノール反応によって確認した。それは死後轢断と鑑定した東大の解剖結果とも合致する。そして矢田は、昭和45年になって、謝礼金をもらい死体を車のトランクから3人でレールの上に運んだという男をつきとめた。矢田は「CICが日本人を使って工作した謀略である」と断定している。下山事件の真相は、今だに謎のままである。

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