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2015年6月21日 (日)

「八戸」地名考

Photo_2 蕪嶋神社

   江戸時代南部藩2万石の城下町であった青森県八戸(はちのへ)。その地名の「戸(へ)」と呼ばれる一字の由来は何であろうか。この地名は南から順に一戸(岩手県)、二戸(岩手県)、三戸(青森県)、五戸(青森県)、六戸(青森県)、七戸(青森県)と続き、更に八戸(青森県)、九戸(岩手県)と南に下る。番号順に整然と配列された地名は全国的にも珍しい。戸の地名のある地域は、鎌倉時代に「糠部(ぬかのぶ)」と呼ばれたところである。吉田東伍によれば、鎌倉時代前半、文治5年に、南部光行が平泉討伐の戦功により糠部を拝領し、この地に牧場を開始したのことに由来するという。この牧場起源説に対して、平安時代初頭の蝦夷征伐の軍事的城砦の「柵」とそこに置かれた「柵戸」に由来する柵戸起源説がある。どちらが正当であるか未だ決定的なものはない。

    現在、四戸という地名はないが、かつて存在した。四戸氏は、南部光行の四男、四戸孫四郎宗朝が二戸郡四戸の郷を賜ったことにはじまる。17代の宗長まで約400年続いた。四戸の地名が消滅したのは、「四」が「死」を連想するからと言われている。

(参考:三浦忠司「青森県南部地方に残る戸の地名」歴史と地理No.412、1982年12月)

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コメント

お久しぶりです。
揃った数字の地名が残ってるのは気持ちがいいです。
三八五運送、三八五バスは、八戸などの漢数字にちなんで名付けられたみたいです。

全国各地の条理制の坪名は、字でイチツボ等と一部残ってるみたいです。

さぶろたさん、いつも見てくださってありがとうございます。こちらは桜満開です。でも店番があるので。ゆっくり花見したいです。

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