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2015年6月30日 (火)

名誉革命とジョン・ロック

    イギリスでは、1688年から89年にかけて名誉革命が起こった。1688年のこの日、ジェームズ2世にかわって、時のオランダ総督オラニエ公ウィレムが、公妃メアリー(ジェームズ2世の娘)とともにホイッグとトーリー両党の招請によりイギリスの王位を継承した。ウィレム3世として即位した新王は「人権宣言」を発し、「宗教寛容令」を公布した。1689年、王妃メアリーと同船してイギリスに帰ってきた一人の哲学者があった。ジョン・ロック(1632-1704)である。彼は「名誉革命の哲学者」として知られ、1690年公けにした「政府二論」の目的は「わが国の偉大な再興者である現在ウィリアムの玉座を確立し、王の正統性を人民の同意のうちに基礎づけること」であった。

Locke     ロックの最大の業績は、政治理論家として近代市民社会を支える民主主義的原理を追求した。とくに、近代的な「自由」の観念を明らかにしたことである。「社会における人間の自由は、国家における同意によって確立された立法府の権力以外のいかなる権力にも屈せず、この立法府がみずからに託された信託に従って制定する法以外には、いかなる意思の支配も、いかなる法の拘束も受けないということのうちに存する」(「政府二論」第8章政治社会の起源について)のである。ロックの思想は名誉革命の理論づけだけでなく、アメリカ独立宣言にも影響を与えている。(6月30日、the Glorious Revolution)

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