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2015年5月14日 (木)

承久の乱と北条義時

    1221年のこの日、承久の乱おこる。北条政子は、鎌倉に集まってきた御家人たちに向かい、こんな演説をぶった。「頼朝が出てくるまで、あなた方は貴族に言いように使われ、東海道を徒裸足で上り下りする惨めな境遇だったことを思い出してほしい。夫のお陰であなた方は官位をもらい、俸禄をもらうことができた。今、幕府は朝廷から追討を受けるいわれはまったくない。みんなで鎌倉を守り抜こうではありませんか」このとき政子は65歳。一世一代の名演説であった。幕府につくか朝廷につくかを決めかねていた武士たちはこの演説に心を揺さぶられ、幕府に味方したとされている。戦いは幕府軍の完全勝利だった。幕府は、仲恭天皇を廃して後堀河天皇を立て、後鳥羽・土御門・順徳3上皇を流罪とした。院政の機能は徹底的に破壊された。このような処置は日本史未曾有であり、当時の人々に大きな衝撃を与えた。天皇の権威の動揺は否定できず、天皇といえども帝徳が必要であり、無道の君・不善の主は討伐してもよいという思想も起こった。しかし、その後の日本史の天皇への畏敬は南北朝を通じてかえって高まったように思える。北畠親房の「神皇正統記」(1339年)の歴史書も現れた。後世、承久の乱における幕府の処置は臣として非難されるべきだという評価も起こる。北条義時がその業績に対して、歴史家に評価されず、国民に人気がないのはそのためであろうか。

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