卜部兼好の「徒然草」の成立時期には数多くの説があり定説はない。諸説の大きな相違は、わずか数年で一気に書き上げたのか、十数年の歳月を費やしたかの見解のちがいがある。「徒然草」は古くは上下の二篇に分かれていて、兼好が37歳の頃、元応元年(1319年)には上篇の一部(37段まで)は成立していたとみられている。完成したのは、兼好が49歳の頃、元弘元年(1331年)9月20日とみられる。遅くとも後醍醐天皇の建武の新政(1333年)までには「徒然草」は完成していた。
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