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2015年4月12日 (日)

「人生七十古来稀なり」 年齢の異称

    三木露風の「赤蜻蛉」の三番目の歌詞。「十五でねえやはよめにいき おさとのたよりもたえはてた」戦前の婚姻適齢は男子17歳、女子15歳だった。だが実際には守られていなかったらしい。大正11年の国勢調査によると、東京市には9歳の男子と7歳の女子が結婚している例がある。これほどでなくても、10歳から15歳までで配偶者のある者は、男44人、女145人もあったという。

    戦後、わが国の民法において男子が18歳以上、女子が16歳以上にさだめられたのは、当時のアメリカの各州の婚姻適齢がこのケースが多かったため倣ったとされている。世界各国の婚姻適齢を調べると、だいたい男女を問わず、未成年者においても配偶者が成年であるという条件で16歳以上で婚姻の可能性を開いている。つまり男女問わず結婚相手が18歳以上なら16歳の婚姻を可としている。16-16はダメだが、18-16なら良いというものである。どうやら女子16歳を婚姻適齢の開始とする国が多いようである。だが、人口問題をかかえる現代中国では男子22歳、女子20歳と婚姻適齢を各国に比べ遅らせている。ただし、古くから中国では女子16歳のことを「破瓜(はか)」といい、詩文などで使われることがあった。「瓜」は二つの「八」字に分けられ、二八の16歳。転じて8の2乗で男子64歳をいうこともある。また女子の処女膜が性交によって破られることを意味する。この意味での使用が多いという。

   年齢には面白い異名がつけられている。今はふつう満年齢で数えるが、この場合はむかしの風習で数え年が用いられる。15歳は「志学」、30歳は「而立」、40歳は「不惑」、50歳を「知命」、60歳は「耳順(じじゅん)」、61歳は「還暦」、66歳は「緑寿(ろくじゅ)」、70歳は「古希」、77歳は「喜寿」、80歳は「傘寿」、81歳は「半寿(はんじゅ)」「盤寿(ばんじゅ)」、88歳は「米寿」、90歳は「卒寿」、99歳は「白寿」、100歳は「期(き)」または「上寿(じょうじゅ)」紀寿(きじゅ)」という。108歳は「茶寿」、111歳は「皇寿(こうじゅ)」「川寿(せんじゅ)」、119歳は「頑寿(がんじゅ)」。120歳は「昔寿(せきじゅ)」「珍寿(ちんじゅ)」という。これほどの長寿は珍しいということから。大還暦(だいかんれき)還暦が2回迎えられたことから。長寿世界一だった泉重千代さんに向けて作られたという。特に年齢は決まっていないが、「長寿の祝い」として「頌寿(しょうじゅ)」がある。(参考;中野展子「年齢の話題事典」)

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