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2015年4月22日 (水)

自分が死んだら遺灰はどうなるの?

Photo スイスの有名な心理学者ユングの著作を読むと、「イニシエーション」という言葉が出てくる。人はその生涯の中で節目がある。出生、学校、就職、結婚、退職、そして誰しも「老い」を迎える。死に至る長い人生の過程で必ず通過しなければ次の段階へ進むことができない。一連の通過儀礼つまりイニシエーションであるとみることができる。自らの「老い」を受けとめることはイニシエーションを迎えるための準備の段階である。やがて死がおとずれ、火葬されて灰になる。

   散骨とは、火葬した後に遺骨を粉末状にして、海・空・山中などに撒くことであり、自然葬として今ちょっとしたブームである。墓地やお墓がない、という人も多い。実際に火葬したけど、お寺もなく、ひっそりと部屋の片隅に遺灰を入れた骨壺がずっとある、という人もいる。だけど散骨するのもマナーがあって実行するには手間がいる。映画やドラマを見て、散骨のしきたりを学習しておくことも必要だろう。散骨といえば、「世界の中心で、愛をさけぶ」である。広瀬亜紀を演じた長澤まさみ、綾瀬はるか。甲乙つけがたく現代の代表的な清純派女優となった。朔太郎は亜紀の遺灰をオーストラリアに撒いた。「男たちの大和」では戦後50年して鈴木京香が亡父の遺灰を大和の沈没地点まで行って撒いている。高倉健の最後の映画となった「あなたへ」は亡き妻の遺灰を故郷の海に散骨するというお話だった。秋川雅史の「千の風になって」も散骨の歌である。「私のお墓の前で泣かないでください」と遺族を慰める死者は、墓の中にはおらず、風になったり、光になったり、雪になったり、雨になったり、鳥になったり、自然の中で遺族を見守っている、という歌である。自分が死んでも、お参りに来るものは誰もいないから、散骨してほしい。国土の狭い日本に墓を建てて、生きていく人たちに迷惑をかけるより、海や大地の自然に帰してもらうほうをのぞむ。だが遠くの海へ行くには、船がいるし、海外だとパスポートもいるし、近所の山中では叱られそうだし、散骨するのも難しそうだ。適当に檀家のお寺の納骨堂に納めてください。

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コメント

ちょうど今日は、檀家になっている近所のお寺に父母のお墓と、そのはす向かいにある祖父母先祖のお墓参りをして来ました。冬の間は雑草も生えませんが、季節柄、ボーボーと生えた雑草を抜きながら、「息子や娘の世代はもうこんな手入れしないだろうなぁ、檀家料も負担だしなぁ」などと考えていました。同世代の子を持つ親仲間も似たようなことを言います。長い間続いてきたお墓に対する考えが、ここへ来て大きく変わりつつありますよね。

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