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2015年4月 3日 (金)

芭蕉と門人たち

Photo 元禄7年10月12日、申の刻(午後4時ころ)、松尾芭蕉はしずかに永眠した。遺骸は翌13日に膳所の義仲寺に運ばれ、14日に埋葬された。芭蕉の戒名をネットで調べたら「風羅芭蕉老人」とある。戒名らしくないのでデタラメなものであろう。芭蕉の父の法名は「松自浄恵信士」とあるが、芭蕉本人のものはわからない。「大江戸文人戒名考」(上村英)という本もあるが未調査。戒名とはなくてはならないものであるが、なくてもさほど困らないものでもある。なぜ芭蕉の戒名が伝わらなかったのか、もともとなかったのか、謎である。

さて芭蕉の門人を「蕉門十哲」というが、10人の名前は諸説ある。向井去来、森川許六、服部嵐雪、宝井其角、各務支考、内藤丈草の6人は確定しているが、あとは多少入り変わりがある。立花北枝、杉山杉風、志太野坡、越智越人、服部土芳、天野桃隣、河合曾良、広瀬惟然。ほかに山口素堂、八十村路通(忌部路通)、野沢凡兆、三上千那、江左尚白、池西言水、小川破笠、山本荷兮(かけい)。紅一点は女流俳人の河合智月。

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