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2015年3月24日 (火)

姦通罪で流刑されたユリア

   中国には「傾国の美女」という言葉がある。国政の妨げとなる美女のこと。夏の桀王の后、末喜(まっき)。殷の紂王の后、妲己(だっき)。周の褒似(ほうじ)。唐の楊貴妃など。

00078868_000 西洋をみれば、イタリアのルクレチア・ボルジア、フランスのカトリーヌ・ド・メディチ、マリー・アントワネットと有名な美女がいる。しかし注目は古代ローマ帝国であろう。暴君ネロの母親アグリッピナ、妻のポッパエア。アグリッピナはアウグストゥスの曽孫であるが、アウグストゥスの娘ユリアも淫婦である。カエサルの娘の名前もユリアで紛らわしいが、フルネームは、Julia Caesaris Major(紀元前39-紀元14)。ユリアは14歳で従兄弟のマルケッルスと結婚するが2年後に寡婦となる。数年後、アグリッパと結婚し、5人の子供を出産する。ここまでは順調であったが、中年になり他の男と密通を重ねて発覚する。3度目の結婚相手ティベリウスの時も浮気をして、アウグストゥスの怒りをかい、離婚を命ぜられ、島へ追放される。ローマ市民からは同情の声が寄せられ、5年後に、イタリア本土の田舎に移されるが、寂しく没する。初代皇帝の娘という高貴な血統に生まれながら、生来の淫蕩癖のため悲劇的な人生を送った。

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