アルルのはね橋
ラングロワ橋(アルルのはね橋) 1888年3月 オッテルロー クレラー・ミュラー美術館蔵
ラングロワ橋(アルルのはね橋) 1888年5月 ケルン ヴァルラフ・リヒャルツ美術館蔵
ゴッホがアルルで見いだしたもっとも有名なモチーフが、ラングロワのはね橋である。アルルからブークに至る運河にかかるこの橋は、オランダのはね橋への郷愁を彼のなかによび起こしたにちがいない。そしておそらくそれ以上に、青い空と水、単純なはね橋の造型は、浮世絵風の明確さ、単純さを求めるゴッホにとって好個の題材となったにちがいない。「この手紙の最初に、ちょっとしたデッサンを書き送りましたが、ぼくはその習作をなんとかものにしようとして夢中です。黄色い大きな太陽に照らすし出されたはね橋の奇妙なシルエット上に、恋人たちを乗せた馬車が町ー向かっている図です。ぼくは同じはね橋で洗濯女たちのいる習作もこころみています」(エミール・ベルナールあての手紙)アルル時代のゴッホの古典的な成熟を示すもっともよい作例の一つだろう。
ポーラ美術館が所蔵する「ヴィゲラ運河にかかるグレーズ橋」(1888年)も構図がよく似ているが、「はね橋」のような趣向に欠ける。
この橋の連作の一群は、ゴッホが理想のひとつとした浮世絵の色彩や輪郭線以上に、明晰で硬質の定着した世界を示している。ゴッホは、わずか10年という短かい年月のあいだに、他の巨匠たちが生涯をかけてたどる成熟の軌跡を圧縮しているが、アルルの初期のこれらの作品は、ゴッホにおける古典的な成熟、つかの間の安定をもっともよく示している。
(l'Anglois)
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ゴッホ伝説こそ「都市伝説」のたぐいで、逸話も色々とりざたされていて、事実はどれか真実はどうだったのか、調べるほどに分からなくなる。
歴史的事実、真実など曖昧なものです。
投稿: 根保孝栄・石塚邦男 | 2013年1月18日 (金) 14時59分