無料ブログはココログ

« 「八戸」地名考 | トップページ | 古代ギリシア陶器の発展 »

2015年3月26日 (木)

高野山略史

P1000888   高野山は、816年、空海によって開かれた。2世真然の時代に、ようやく諸堂塔が完成した。しかし、916年の無空の三十帖冊子事件、正暦の大火(994年)により諸堂塔が燃え、衰退期を迎える。11世紀に入ってから、祈親上人定誉の努力によって復興する。1023年、藤原道長が参詣し、高野詣がふえる。鎌倉時代には、天皇・貴族から武士が高野詣の中心となっていく。1581年、織田信長が大軍で高野山を攻めるも、本能寺の変により、高野山は難を逃れた。江戸時代以降の高野山は徳川幕府の援助をうけると共に、諸大名の菩提所として繁栄した。明治になり、神仏分離令、女人禁制解除と高野山にも近代化の波がやってきた。近年、世界遺産登録などにより、海外からの外国人観光客が急増している。

« 「八戸」地名考 | トップページ | 古代ギリシア陶器の発展 »

「宗教」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 「八戸」地名考 | トップページ | 古代ギリシア陶器の発展 »

最近のトラックバック

2017年6月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30