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2015年3月31日 (火)

古代エジプトの地方政区の起源

   メソポタミアとならんでもっとも古く文明がおこったエジプトでは、「ナイルのたまもの」ということばのとおり、ナイル川が用水と沃土をもたらしただけでなく、重要な交通路でもあった。ここでははやくから流域に多くの村落が分立していた。古代エジプトには伝統的な行政区が42あり、これを「セペト」(sepet)と呼んでいた。現在、歴史用語としては、ギリシア語の「ノモス」(nomos)という呼び名のほうが知られている。国土を行政区に分割する制度は少なくとも初期王朝時代(前3100年)から存在していた。セペトは、それぞれに守護神をもち、ヒエログリフでは運河の形で表される。これは古代エジプトの地方行政の最も重要な事業はナイル河の治水にあったことを物語る。セペトに関する記録は第4王朝(前2613年)から現れるが、その起源は先史時代末期の小王国群に由来するといわれる。中央政府の衰微した時代には、セペトがしばしば独立国家のごとき観を呈した。(世界史)

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