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2015年2月 8日 (日)

ベトナム、交趾、安南、越南

Photo   ベトナムの歴史は外国の侵略に対する抵抗の歴史でもあった。紀元前2世紀、漢の武帝の侵略に始まる。交趾太守が置かれた。紀元40年、メリン県の有力者の娘として生れたチュン・チャク、チュン姉妹(微側、微弐)は反乱を起こした。光武帝は41年、馬援を派遣し、姉妹を捕らえて処刑し、中国支配が復活した。

  ベトナムを安南と呼ぶのは679年に唐が辺境統治のため安南都護府を置いたことに由来する。安南都護府は現在のハノイにあたって、ベトナム北部を治め、南海諸国を管轄していた。その後、ベトナム民族が中国から独立すると、自らを大翟越、大越、越南、大南などの名で呼ぶことがあったが、中国では依然安南の名を使い、他の諸外国もこれらにならった。安南の黎利(1385-1433)が1428年に明から独立し、大越と号す。黎朝は17代、18世紀末まで続く。1802年グエン(阮)王朝が成立し、1884年フランス領インドシナ連邦に編入される。

安南通史 岩村成允 冨山房 1941
安南史研究 1  山本達郎 山川出版社 1950

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