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2015年1月21日 (水)

ラグビーと青春

    「空に燃えてるでっかい太陽 腕にかかえた 貴様と俺だ」と布施明が歌う「貴様と俺」は夏木陽介主演の「青春とは何だ」の挿入歌だ。ドラマの山場に流れるので主題歌よりも有名になった。むかしの学園ドラマはラグビー、サッカーなどの球技クラブを主体に熱血教師の奮闘ぶりを描くので、試合のシーンが多い。「貴様と俺」は永遠の青春の応援歌となった。そして青春ドラマの花形スポーツといえばサッカーよりもラクビーがまさるように思う。「青春とは何だ」「でっかい青春」(竜雷太)「われら!青春」(中村雅俊)「スクール・ウォーズ」(山下真司)はラグヒーを通じて友情、団結、純愛を描く青春ドラマだった。

  「紳士が行なう獣のスポーツ」と形容されるラグビー。正式名称は「ラグビー・フットボール」という。イギリスのパブリック・スクールで各校独特のルールで盛んにおこなわれていたが、1823年ラグビー校におけるゲーム中興奮のあまりウィリアム・ウェブ・エリスが規則と慣習に反して相手のキックを受けてそのまま走ったことが契機となってラグビー・ゲームの特徴が創始されたと言われている。また一説にはエリスは興奮のあまりボールを受けて走ったのではなく、彼が故郷のアイルランドでやっていたゲーリック・フットボールのプレーをそのままやったにすぎないともいわれている。ラグビーとサッカーがさまざまな点で類似するのはその起源を同じくするためである。

220pxebclarke  日本で初めてラグビーを指導したのは明治32年の秋、イギリス人英語教師エドワード・ブラムエル・クラーク(1874-1934)が慶応義塾の学生たちに伝えたのが最初とされる。クラークはまだ日本語が上手でないため、ケンブリッジ大学で同級生だった実業家の田中銀之助(1873-1935)にコーチを依頼し、共に学生たちの指導を始めた。(因みに田中銀之助は「天下の糸平」といわれた田中平八の孫である)当初は、麻布の仙台ヶ原(現在の南麻布一丁目)の野原をグラウンドにして練習していた。その前からあった横浜の外人クラブと明治34年に最初の試合が行なわれた。明治43年には京都第三高等学校、明治44年には同志社大学、大正7年には早稲田大学ラグビー蹴球部が創部された。昭和4年に大阪に花園ラグビー場が、昭和22年に港区青山に東京ラグビー場(現・秩父宮ラグビー場)がラグビー専用競技場として誕生した。日本におけるラグビーは大学・社会人を中心に発展してきたといえる。

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