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2014年12月28日 (日)

吉田松陰、久坂玄瑞はどんな顔?

Katori_miwako  2015年の大河ドラマ「花燃ゆ」は吉田松陰の妹・文の生涯を描く。明治になっての名前は楫取美和子(1843-1921)。1857年、久坂玄瑞に嫁ぐが、未亡人となる。1883年、姉の元夫・小田村伊助(楫取素助)と再婚する。1896年、その一子、粂次郎(姉の寿と小田村の子)が台湾で死亡。ドラマはヒロインの生涯よりも吉田松陰やそのもとに学ぶ塾生たちにもスポットがあるものと推測する。塾での松陰の教育内容は地理、算術、歴史の三科目であった。とくに松陰はことあるごとに「算数、経済」を口にし、塾生たちを叱咤激励していたという。

  吉田松陰肖像画で有名なものは松陰神社所蔵の「絹本着色・吉田松陰像」である。しかし私が気になるのは、国立国会図書館HP「近代日本人の肖像」の画像である。

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  出典は「近世名士写真」(昭和9年)であるが、どの程度本人の風貌が伝えているのはわからない。山口博物館所蔵の鉢巻姿の久坂玄瑞は愛妾・井筒タツの子、久坂秀次郎(1864-1932)がモデルとなって描かれたといわれる。品川弥二郎は「秀次郎は久坂玄瑞とそっくりだ」と述べているからこの肖像画はその風貌を伝えているとみてよい。

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