無料ブログはココログ

« 王莽の簒奪 | トップページ | 木簡の長さ »

2014年11月25日 (火)

滝沢英輔と芦川いづみ

Img_0026
「祈るひと」

   滝沢英輔という監督は長谷川一夫の「伊那の勘太郎」(小畑実の主題歌がヒット)など時代劇で知られる。二川文太郎の実弟(阪東妻三郎の「雄呂血」の監督)でキャリアは古い。戦後は日活再開第一作「国定忠治」(昭和29年)も彼の作品。この老監督が美少女にぞっこんだったらしい。「無法一代」で芦川いづみを起用すると、その後、「佳人」(昭和33年)、「祈るひと」(昭和34年)、「しろばんば」(昭和37年)と得意の時代物をやめて現代劇に挑戦している。芦川いづみの持つ最も清楚な少女性を開花させた監督は滝沢英輔かもしれない。

Izumi7    ところで「祈るひと」で終戦直後の少女の思い出シーンがある。実際に芦川いづみは昭和10年生まれなので、終戦の記憶はあるだろう。この戦争体験のある少女が結婚適齢となって変っていく東京で自分の幸せをどう探していくかがテーマになっている。北原三枝(昭和8年生まれ)、浅丘ルリ子(昭和15年生まれ)、吉永小百合(昭和20年生まれ)となるが、芦川いづみは日活全盛期の昭和32年から35年まで、22歳から25歳という女性として最も美しい時代と重なったことは映画女優として幸福であった。吉永小百合などは斜陽が見え出した時期なので日活と揉めている。昭和10年生まれとは、戦争の記憶のある最後の世代といえる。戦争体験が重要なファクターとみれば、日本人は昭和10年を境に大きく変る。今年で芦川いづみ79歳である。ちょっと信じられないが。

« 王莽の簒奪 | トップページ | 木簡の長さ »

「映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

よくぞ 祈るひと を取り上げて下さり感謝致します。そうなんです。日活全盛期は 1956〜1961年まで。その時代に 11本の主演作がある芦川いづみさんは絶対に吉永小百合さんより幸せだったんです。1967年に吉永事務所を立ち上げなければ成らなくなってしまった小百合さんは 20人の従業員の姿を見る度に相当苦しまれたと告白しています。

芦川いずみさん、可憐ですね。藤竜也さんの奥様になられたんですよね。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 王莽の簒奪 | トップページ | 木簡の長さ »

最近のトラックバック

2017年3月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31