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2014年11月20日 (木)

近代将棋史

Sekinesakata   将棋の歴史を書きはじめるにあたって、いつの時代に求めるかは悩ましい問題である。将棋を指すことを職業とする棋士が存在し、その棋士たちが一定の秩序のもとに組織化されたのは、初代大橋宗桂からで、つまり西暦1612年のことである。大橋宗桂以来330有余年、名人位は終身制であったが、小野五平12世名人の次の名人を決める大正6年ころから実力による名人がいわれるようになった。終身名人の小野は長命であったため関根金次郎はなかなか名人を襲位することができなかった。やがて大阪から阪田三吉が台頭すると、関根・阪田の時代が大正から昭和と続いた。大正13年、関根は13世名人を襲位する。昭和12年になってようやく第1回の名人戦が行われ、木村義雄が優勝し、実力による短期名人戦の時代がはじまる。昭和25年、大山康晴が木村に勝利し、29歳で名人位に就く。昭和47年の第31期名人戦で中原誠が大山康晴を4対3で破り、名人位に初めて就く。以後、中原時代が長く続き、少しだけ谷川浩司の時代があり、すぐに羽生善治の時代となる。

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