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2014年11月 6日 (木)

移民による北海道開拓事業

A   北海道の開拓事業は明治8年の屯田兵制とならんで、旧士族を主体とした組織によってはじめられた。明治11年に旧藩士たちを山越郡の八雲村へ送り込んだのをはじめに、旧山口半が余市郡大江村に、旧佐賀藩が石狩郡当別村に開墾事業をおこした。翌年から民間団体の移民も始められた。代表的なものに開拓社、赤心社、晩成社がある。

開拓社   民間移民による開拓事業は、明治12年和歌山県人岩橋徹輔によってはじめられた開拓社が最初である。開拓社は本社を函館に、第二会所を乙部町に置き、欧米式農業をおこなった。

赤心社  赤心社は明治13年3月、兵庫県の三田藩士の鈴木清、加藤清徳らによって設立され、明治14年、広島と兵庫の二県から54戸の移民が日高の浦河町に入植し、明治15年には鈴木清と沢茂吉が移民80名余りを率いて元浦河の荻伏に入植した。

晩成社   明治15年1月、伊豆の豪族依田一族は晩成社を設立して、依田勉三、渡辺勝らは明治16年、下帯広に13戸27人が入植した。晩成社は十勝平野内陸部の開墾につとめたが、冷害、野鼠、バッタの襲撃に何度もあい、開拓事業は失敗し、昭和7年に解散した。しかし帯広にとって依田勉三らの努力は十勝開拓の先駆となった。

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