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2014年10月 3日 (金)

織田信長家臣団勢力図

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   勢力図は織田信長が京都本能寺で明智光秀に襲われ自殺した天正10年(1582)頃のものであるが、天正年間の家臣団の所領の変遷はめまぐるしい。柴田勝家(越前北庄)、丹羽長秀(近江佐和山)、明智光秀(近江坂本)、瀧川一益(上野)、羽柴秀吉(播磨)、徳川家康(府中)、仙石秀久(淡路洲本)、長岡藤孝(丹後宮津)ほか前田利家、佐々成政、佐久間盛政など。秀吉の家臣、杉原家次は丹後福知山城→播磨三木城(天正8年)→近江坂本城(天正10年)→天正12年死去、とめまぐるしい。(参考:「織田信長家臣人名辞典 谷口克広著 吉川弘文館)

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