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2014年10月 5日 (日)

志賀直哉「軽石」

   昭和7年の夏、淡路島の洲本に海水浴に行った時のこと。海岸に「小さな軽石が一面」に浮いている。海底火山の噴火で吹き出した軽石が流れついたものだろう。一つを拾ってみた。五六十メートル離れた所で、また拾った。宿の座敷で、ふたつの軽石の割れ目を合わせてみると、ぴったりと合う。もと1つであった軽石が分れ分れになったのを、主人公は無数のものの中から拾ってしまった、と語る。昭和14年に「改造」に発表したものであるが、昭和37年「モラエス」「クマ」と合わせて三篇で「盲亀浮木」と題して「一体それはなんだろう」を付している。偶然と必然、夢と現実、それらの一致、確率が志賀文学の重要なテーマであった。

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