モロカイ島のカラウパパ療養所
セシル・B・デミル「十誡」(1923)現代篇を見ていると、妻がハンセン病でハワイのモロカイ島から脱走し、夫が妻を殺すという話がある。十誡のひとつ「汝、殺すなかれ」に背く。当時、モロカイ島は無法地帯で恐ろしい所という噂があり、ハンセン病患者の家族は、病を隠していた。そのためハンセン病は拡がり1778年クックが来島したとき人口約30万人だったのが、9割の人口が減少し、1896年には3万人になっていた。1866年にモロカイ島にカラウパパ療養所が建てられ、重症者はここに送られることになった。その後、治療法の開発によって隔離は不要となり、1969年ハンセン病患者の隔離を定められた法律は廃止された。現在も数十名の患者がこの島に暮らし、生涯の生活が保障されている。Hansen's disease settlement、後藤正道「太平洋の島々におけるハンセン病」
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