無料ブログはココログ

« 本と暮らす日々 | トップページ | 紫式部の娘 »

2014年10月20日 (月)

豊臣秀頼は誰の子!?

G2013053610sa000_x   豊臣秀頼は秀吉の子ではない、という話は古くはルイス・フロイスや江戸時代にも広く風説として流布していた。近年の小説やドラマでも秀頼は密通してできた子という説をとることが多い。秀吉には多くの側室がありながら、50半ば過ぎても子宝に恵まれなかった。茶々(淀君)との間にだけ、早世した鶴松、次いで秀頼を授かったのはいかにも不自然と考えるのである。大河ドラマ「軍師官兵衛」でも秀頼の父は石田三成と思わせる場面がある。秀頼の誕生日から逆算して、秀吉と茶々が同衾した可能性は低いらしい。当時、秀吉は朝鮮出兵の基地・名護屋(唐津市)に滞在していた。だが茶々が同行したという記録は存在していない。大坂に戻った秀吉は、茶々の懐妊に激怒したという。だが、その後、秀吉は言う茶々を許し、秀頼を実子として認めた。秀頼の父は石田三成とも大野治長ともいわれ、真実は闇の中である。

« 本と暮らす日々 | トップページ | 紫式部の娘 »

「日本史」カテゴリの記事

コメント

この事は、誰もが持つ疑念ですよね。しかも、茶々に子が授からなければ、秀次が切腹に追いやられることは無いであろうし、秀吉が信頼してきた長年の周囲の人間にひどい仕打ちを始めるのは、茶々の存在が大きくなり出した頃と同時期。茶々=淀君は、稀代の悪女なのかもしれませんね。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 本と暮らす日々 | トップページ | 紫式部の娘 »

最近のトラックバック

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31