三助(さんすけ)
江戸期、銭湯で風呂を焚いたり浴客の体を洗ったりする男を三助という。三助は、一般に湯番頭ともいい、この湯番頭になるまでには、相当の年期を必要とした。銭湯に奉公すると、当初の1年くらいは車を引いて、屋敷町の庭掃除の枝葉をもらい集めたり、火事のあとに行って焼け残りの柱を拾ったり、帰って薪割りを終えれば、入口で下足番をする。1年あまりが過ぎると、火焚き番にまわる。これを2、3年勤めたのち、岡場の番となる。客の桶と湯を汲んだりするうちに、女の裸も見慣れるようになり、ようやく男女客の流しが勤められる。客の背中から腕を垢すりか糠袋でこすり、湯で洗い流し、軽くマッサージをする。これがすむと背中をパンパンと景気よくたたく。その手際のよさによって祝儀額が違ってくる。一人前の三助となるのは10年以上もかかる。彼らの夢は、いずれ独立して銭湯をもつことだった。三助の名前の由来は、湯で流したり、マッサージするほか、湯加減の調整や番台業務など3つ以上の役割があったからと言われている。
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