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2014年10月27日 (月)

18・19世紀のコロッセウム

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18世紀ピラネージの銅版画

 

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ウェスパシアヌス皇帝 (在位69-79)

  ローマの象徴的建造物といえばコロッセウムである。日本語での表記は様々で、英語でコロシアム、イタリア語でコロッセオ、ラテン語でコロッセウム。正式にはフラウィウスの円形競技場といい、フラウィウス朝の皇帝ウェスパシアヌスと彼の息子ティトゥスとドミティアヌスが完成した。だがルネサンスの古代崇拝にもかかわらず、コロッセウムは長い間に荒廃していった。おそらく1231年の大地震のときに、南西部の外郭全体が崩落し、形をとどめない石のかたまりになってしまった。数百種の珍しい植物が生い茂り、1855年にはリチャード・ディーキンの「コロッセウムの植物誌」が出版されるほどであったが、周辺の衛生環境は悪く、当時のコロッセウムはチフスなど病気の発生源ともなっていた。ナポレオンがローマを占領してから、フランス人によって雑草が除去され、19世紀から20世紀はじめにかけて修復工事がおこなわれた。

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