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2014年9月26日 (金)

大関が髷も結えない「ざんばら髪」の力士に負けるなんて

   2014年大相撲秋場所は長い相撲の歴史の中でも記憶に残る場所となりそうだ。相撲ファンの間ではモンゴルの遊牧民出身、逸ノ城の話題でもちきり。彼は少年時代に水汲みで苦労したから日本に来てから蛇口から水が出ることに驚いたという。移動式住居ゲルに寝ていてオオカミに襲われたことがあるので、土俵の勝負などは平気で落ち着ていている。とてつもなく強い力士が現れたものだ。初土俵からわずか五場所目で大関から初白星を挙げた。1999年春場所で大関貴ノ浪と対戦した雅山は敗れている。NHKの相撲中継はゲストに雅山を招き、貴ノ浪のインタビューをとっている。大関は「髷も結えない雅山に負けては世間から笑われる」とそのプレッシャーは相当なものであったことを語っている。この日の稀勢の里も大関としてのプライドがあり、仕切りからすでにその緊張感はみることができた。一方の逸ノ城はふだんとそれほどかわらず落ち着いた感じのようだった。立ち合いは両者あわず二度も仕切り直し。相撲は逸ノ城がわずかに横に変わり、稀勢の里は相手の体に触れることもなく、あっさりと両手を土につけて前に倒れた。大勝負はあっけなく逸ノ城の「はたきみこみ」の勝ち。敗れた稀勢の里は風呂場で一言「アーッ」と叫んだという。日本人力士で実力ナンバー・ワンは稀勢の里であることは周知の認めるところだが、プレッシャーにはとても弱く、ここ大一番で実力を発揮することはできない。日本人力士の優勝はまたまた遠くなった。いま相撲博物館では「優勝力士100人」を展示中。明治42年夏場所優勝した高見山酉之助(1873-1924)から鶴竜力三郎まで100人。真ん中の50人目は北葉山英俊。100人のうち新入幕で優勝したのは両国勇次郎(1914年5月)ただ1人。逸ノ城の100年ぶりの快挙がなるか注目される。

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