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2014年9月26日 (金)

デビッド・ジャンセンと3人の女

Kazablan_000   俳優デビッド・ジャンセン(1931-1980)はロサンゼルスのマリブに豪邸を持ち、ロスとパームスプリングスをつなぐ短距離のエア・サービス会社(自家用飛行機によるハイヤー業)の成功によって資産家であった。だが私生活はなかなか幸福とまではいかなかった。若い頃からの無名時代に結婚したエリー・グラハムと別れてから生活は乱れた。新人女優ローズマリー・フォーサイスと交際していたものの、長くは続かず、結局、ユニヴァーサル映画の新人養成所に通ったころからの知り合いだったダニー・クレイン(画像)と1975年に再婚した。ダニーは有名な歌手バディ・グレコの元妻である。ダニーともわずか5年余りで心臓麻痺により急死した。とはいってもジャンセン氏、テレビではモテモテで、アンジー・ディキンソン、スザンヌ・プレシェットなど錚々たる美女たちとラブ・シーンを演じている。

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最初の妻エリー・グラハムとは1958~1968年まで続いた

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「映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

はじめまして

今、「逃亡者」をDVDで見ている最中です。
デビッド・ジャンセン=リチャード・キンブル=睦五郎に夢中です。
それはこのドラマが非常に素晴らしいから。

毎夕2話ずつ鑑賞しておりまして。
涙涙、いつでもどこでも思い出すと涙が出てしまいます。

本当のところなんて本人しかわからないのですが。それでも、なんだかデビッド・ジャンセンの人生に少し思いを馳せてみたりすると、涙が拭いきれず。そんなに早く逝かなくても。
残念でたまりません。

五十路になっての、恋慕の情に浸っております。
最終話まであと週間を切りまして。
いつまでもこのドラマの世界にいたい気持ちと、早くキンブル先生の無実が晴れて欲しい思いが交差して。

世の中の「逃亡者」ファンといろいろと語り合えたら幸いです。

睦五郎とは同郷で私の高校の先輩になります。家族全員で毎週欠かさず見てました。父母は他界しましたが「逃亡者」を見ると思い出します。ジェラード警部の吹き替え加藤精三は「巨人の星」一徹ですね。片腕の男を探し求めて全米を巡る展開はロードムービーの旅情があります。

お返事ありがとうございます♪

ところで、日本で放映されていた当時のデビッド・ジャンセンの人気振りはいかがでしたか。
どのくらいまで、人気は続いていたのでしょう。

彼が逝ってしまった時、ニュースなどはどうだったのか知りたいです。

絶大な人気振りだったとネットなどで知りましたが。「銭湯から女客が・・・」って。
かつての「君の名は」以来のすごさと聞きました。

どうぞ宜しくお願い致します。

当時、若い女性はアラン・ドロンやジョージ・チャキリスに人気があったが、中高年の女性は渋いジャンセンにハートをわしづかみにされた方も多い。担任の女教師は授業中によく「逃亡者」の話をしていた。ドラマ終了後はナポレオン・ソロに人気が移った。「オハラ」「追跡者」は見れなかった地域も多いので大したブームにはならなかった。「グリーン・ベレー」「宇宙からの脱出」と映画で脇役出演でも注目されていた。晩年、メルボ紳士服のCMに出たときは老けた感じがした。映画雑誌で住まい拝見とか女性連れのパーティーの写真を見る程度で、日本では2度とブレイクすることはなかった。

当時のアメリカのTVドラマにあって今はないものは「ヒューマニティ」だと思います。「ベンケーシー」「ドクターキルディア」など。
子供時代にこれらに触れられた世代は幸せだったと。

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