岩佐又兵衛と松平忠昌
岩佐又兵衛(1578-1650)は織田信長に反逆した摂津守、荒木村重(?-1586)の遺児。母は京の六条河原で信長に磔にされたが、又兵衛はあやうく難を逃れ、石山本願寺に匿われて絵師として成長する。のちに、越前北ノ庄の松平忠直に招かれて、ここに定住するが、忠直は1623年、不行跡を理由に豊後に配流される。弟である松平忠昌(1598-1645)が第3代藩主となる。又兵衛は数々の名作を描くが、1637年、江戸に上り、1640年には仙波東照宮に三十六歌仙の額を描いた。1650年、江戸にて没する。遺骨は福井に送られ興宗寺に埋葬される。NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」第33回には荒木村重(道薫)が亡き妻・だしが生んだ我が子と対面する場面がある。
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ゆうべ、まさしくその場面を見ました。
投稿: イクちゃん | 2014年8月18日 (月) 08時52分
「反逆」という小説を以前に読みましたが、荒木村重の懊悩…ぐいぐい引き込まれてしまいました。
投稿: イクちゃん | 2014年8月18日 (月) 10時22分