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2014年7月 7日 (月)

「銀ブラ」と「心ブラ」

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 昭和4年の心斎橋筋

    NHK連続テレビ小説「花子とアン」第85回。物語は大正8年12月ころ。朝市と武が東京・銀座へやって来た。安東かよは銀座のカフェで女給をしている。「銀ブラの意味わかってます?」「バカにするじゃねぇ。銀座をブラブラするからだろ」「違います。銀座でブラジルコーヒーを飲むからです」

   一般に「銀ブラ」は「東京の繁華街銀座通りをぶらぶら散歩すること」(広辞苑)と説明されてきたが、もともとの語源は近年、「カフェー・パウリスタ銀座店でブラジル・コーヒーを飲むこと」に由来するブラジル・コーヒー説が有力である。大正2年(大正4年説もある)に慶応大学の学生たち(小泉信三、久保田万太郎、佐藤春夫、堀口大学、水上滝太郎、小島政二郎)などが作った言葉とされる。

   朝ドラ「カーネーション」では、「心ブラ」も出てくる。昭和初期、大阪心斎橋筋2丁目にカフェー「心ブラ」が出現した。「心ブラ」は「銀ブラ」をもじった言葉で、「心」は心斎橋、「ブラ」はぶらつくこと。「心ブラ」という言葉は今や死語に近いが、昭和初期には十合(そごう)や大丸の百貨店が営業を始めると心斎橋はなかなかの賑わいをみせ流行語となった。和辻陸二(兵庫県出身。明治41年生)は初め南区周防町にカフェーを営業するとき、「銀ブラ」に対抗して「心ブラ」と命名したことがルーツかもしれない。お店は大人気となったが、道路拡張に従って、立ち退きを余儀なくされ、新店が心斎橋筋二丁目に進出し、文字通り「心ブラ」の中心地となった。アール・デコの建築も豪華で、業界第一のカフェーとして知られた。

参考文献:「心斎橋筋の文化史」 橋爪紳也監修 心斎橋筋商店街振興組合刊 1997年

 

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コメント

初めまして。ブロクに書かれている和辻陸二の孫です。ネットサーフィンをしていたら、先生のブロクをみつけました。昨年他界した父もおじいちゃんはカフェをしてたことあったなぁ、と言っておりましたし、もし他にも祖父の事をご存知であればと投稿させて頂きました。

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