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2014年6月16日 (月)

アルフィーアス・ハーディー

Alpheus20hardy201     新島襄は1843年1月14日、上州安中藩主板倉侯の江戸藩邸で生れた。文武両道の教育を受けた新島は、1864年箱館に向い、6月幕府の禁を犯してベルリン号に乗って脱国した。幸いなことに上海から乗船したワイルド・ロバー号の船主アルフィーアス・ハーディの手厚い保護を受け、襄はアメリカで高等教育を受けることができた。

    アルフィーアス・ハーディー(1815-1887)とは如何なる人物であろうか。12人兄弟姉妹の5番目の子としてマサチューセッツ州チャタムに生まれた。12歳で父親の雑貨店を手伝いしていたが、16歳のときボストンに移る。そして牧師になることを夢見るが果たせず、実業家として成功する。襄が拙い英語で書いた脱国理由の文章を読んで感動したハーディ夫妻は、その志の援助をすべく、襄の一切の世話を引き受けたのである。(Alpheus Hardy)アルフュース、あるいはアウフェウスと表記されることもある。(参考文献:井上勝也「新島襄 人と思想」晃洋書房)

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