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2014年6月20日 (金)

イスラーム世界の発展

Photo_2   アラビア半島はながく歴史の舞台から没却されていた。ところが7世紀のはじめにムハンマド(570?-632)があらわれてイスラーム教を創唱し、イスラーム帝国の基礎ができた。ムハンマドの死後、そのあとをついだ最初の4人のカリフの時代に、ビザンツ帝国のシリアとエジプト、ササン朝のメソポタミアとイランを征服した。続く第5代カリフとなったムアウィアは、都をダマスカスにおいて、ウマイア朝(661-750)を開いた。この王朝の間に西アジア全域からアフリカ、イベリア半島などに拡大した。それではいったいなぜムハンマドが啓示を受けてから100年ほどでどうして大帝国になったのだろうか。心理的な要因としては、それまでのアラブ部族民たちは部族でともに分裂していたが、イスラーム教という一つの宗教を信じることによって結束した。経済的な要因としては、当時は戦争に勝利すると戦利品が入ったが、戦利品の5分の1はムハンマドへ、その死後は国家へ入った。残りの5分の4は戦士たちに配分された。環境的要因としては、そもそも征服した場所が、政治的に分裂していた。ビザンツ帝国、ペルシア帝国が弱体化していた。近年、イスラムは「イスラーム」と表記されることが多い。中東に生まれたイスラム教は、アラビア語の原音に忠実に書くならば「イスラーム」あるいは定冠詞を付けて「アル・イスラーム」、「コーラン」は「クルアーン」と書くのがよいという。NHK高校講座世界史「西アジア・中東史の新展開」の講師は羽田正。父が羽田明、祖父は羽田亨で三代続く中東が専門の歴史学者。

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