無料ブログはココログ

« 韓信の股くぐり | トップページ | ペンギンの語源 »

2014年6月24日 (火)

太田道灌「山吹の教え」

Dokan_samurai゛ 江戸城を築城した太田道灌といえば「山吹の教え」の故事が有名である。道灌が武蔵野で狩りをしていた時のことである。にわか雨にあったので、とある民家で雨具を貸してほしいと頼んだところ、家の中から出てきた少女は無言で、山吹の一枝をさしだした。道灌は少女の真意がわからなかった。あとで古歌「ななえ八重花は咲けども山吹の みのひとつだになきぞ悲しき」(「後拾遺集」兼明親王)に託して「実の(蓑)」をかけて、貧しきゆえに雨具を貸せないことを詫びた少女の心情を知った道灌は、風雅を解することができなかったことを恥じて和歌の道に励み、のちには武将ながらも名高い歌詠みになった。1486年7月26日、道灌は扇谷家の上杉定正に招かれ風呂場で謀殺された。

    太田道灌借蓑図   大槻磐渓

孤鞍雨を衝いて茅茨(ぼうじ)を叩く

少女為に遣(おく)る花一枝

少女言わず花語らず

英雄の心緒(しんちょ)乱れて糸の如し

« 韓信の股くぐり | トップページ | ペンギンの語源 »

「日本史」カテゴリの記事

コメント

「ななえ八重花は咲けども山吹のみのひとつだになきぞ悲しき」の歌と太田道灌と少女の話は、若い頃に母から聞かされ、心に残っています。その母は先週6月18日に急逝しました。私事ですが…。昨日告別式を終えたばかりで、この「山吹の教え」を読み、母との会話を懐かしく思い出しました。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 韓信の股くぐり | トップページ | ペンギンの語源 »

最近のトラックバック

2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30