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2014年5月 4日 (日)

おほほ祭

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  熱田神宮

 5月4日、夜7時。熱田神宮の神殿の前に16人の白装束の神官が並ぶ。境内の社に入り、携えてきた箱の中から面を出す。袖の中に隠し持って、袖の上から軽く叩く。その時、小さく「おっほ」と笑う。笛が短くピロリと鳴ると、全員が大声で「わっはっはっは」と笑う。これが三度繰り返される。一つの社が終ると、また次の社へ、それが終るとまた次の社へ。4つか5つの社で同じことを繰り返し、神殿に戻って終了する。これが「酔笑人(えようど)神事」、一名「おほほ祭」と呼ばれる祭で、神官たちが笑い合う神事から、そのような名がついたらしい。

    熱田神宮は三種の神器の一つ草薙剣を祀ることで知られる。スサノオノミコトがヤマタノオロチを退治したときその体内から出てきた剣で、日本武尊が伊勢神宮にもうで、斎宮であった叔母の倭姫命から天叢雲剣を授けられた。日本武尊は、東征の途中、神宮に参拝してこの宝剣をさずかり、駿河国で野火攻めにあったとき、この剣で草をなぎ払って以来草薙剣と呼ばれるようになった。その妃の宮簣媛命(ミヤズヒメノミコト)が草薙剣を社を建てて草薙剣をまつったのが熱田神宮の起源といわれる。

    天智天皇7年(668)、新羅の僧道行は草薙剣を盗んで、新羅に渡ろうとしたが暴風雨にあって果たせず、その後宮中に保管され、天武天皇朱鳥元年(686)、天皇の病が草薙剣のたたりだというので即刻熱田の社に送り返された。熱田神宮では神剣の帰還を喜び酔って笑って歩きまわる姿そのものが祀りになった酔笑人(えようど)神事、「おほほ祭」として毎年5月4日の夜に行なわれている。そのほか熱田神宮では踏歌(とうか)、歩射(ぶしゃ)などの神事がおこなわれている。古代以来尾張国造の尾張氏が代々宮司として奉仕したが、後世はその子孫筋にあたる大宮司藤原季範の子孫がこの職を世襲して明治維新にいたった。

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