幻想読書室
僕はよくリュウ・ド・セーヌなどの通りの小さな店先を通りすぎる。古道具屋、古本屋、銅版画屋などの店が、窓いっぱい品物を並べている。誰もはいっていく人はいない。ちょっと見ると、商売などをしていそうに見えぬくらいだ。しかし、店の中をふとのぞきこんでみると、誰か彼か人間がいて、知らん顔ですわったまま本を読んでいる。明日の心配もなければ、成功にあせる心もない。犬が機嫌よさそうにそばに寝ている。でなければ、猫が店の静かさをいっそう静かにしている。猫が書物棚にくっついて歩く。猫は尻尾の先で、本の背から著者の名まえを拭き消しているかもしれない。こういう生活もあるのだ。僕はあの店をそっくり買いたい。犬を一匹つれて、あんな店先で二十年ほど暮らしてみたい。ふと、そんな気持ちがした。( リルケ「マルテの手記」)
まるでケペルの店「女性の書斎・ひとり好き」のような風景が100年ほど前のパリには実際に存在していたのだろうか。あの店が何屋さんかは明らかではない。ともかく古い本が読める、店があることだけは事実だろう。リルケの「マルテの手記」は小説ではあるが、20世紀初頭のパリの情景が、リルケの目(小説ではマルテになっているが)を通して、折々の思索のように綴られている。筋のようなものはないので、通読するには難解なものであるが、リルケのブログと思えば興味深々、熟読玩味できる作品である。リルケは国民図書館(ビブリオテク・ナシオナル)にはよく通ったらしく、図書館の記述もあるが、リルケが20年ほど店先で暮らしたいといったこの幻想の読書室の正体は謎である。
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あぁ、こんな空間が近くにあったら、どんなにか心が癒されるでしょうか
投稿: | 2014年6月21日 (土) 21時31分