創建は行基なり??
行基(668-748)は身の栄達を求めず、衆生に仏の慈悲を与えようという、利他の行を実践した。慶雲元年(704)、和泉国にあった生家を寺に改めたのをはじめ、各地に寺や道場を建てて民衆を教化した。みずから粗末な服を着、苦食をなめながら民間に伝道の歩を進める行基のもとには、多くの信者が現れて行をともにした。しかし、養老元年(771)に、行基の伝道活動を僧尼令違反として禁止する詔が出された。「このころ小僧行基とその弟子らは、町や村を歩きまわってみだりに罪福を説き、党を結んで、指や臂を焼いたりはぎとつたりしている。そのうえ家々をつぎつぎと訪れては物を強要し、これこそ正しい仏法だといって人びとをまどわす」と非難している。行基は政府の圧迫にも屈せずになおも伝道を続けたので、その信仰集団もやがて千をもって数えるほどになった。行基により創建されたと称する寺院は行基事典によれば約1400の寺が見える。もちろん眉唾も多く、史料の裏づけがあるわけでもない。
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